昭和50年05月16日 朝の御理解
御理解 第61節
「神より金光大神に、何時までも尽きぬおかげを話にしておくのぞ。信心しておかげを受けたら、神心となりて人に丁寧に話をして行くのが、真の道を踏んで行くのぞ。金光大神が教えた事を違わぬ様に人に伝えて真の信心をさせるのが、神へのお礼ぞ。是が神になるのぞ。神になりても、神より上になるとは思うな。」
生神への道だと、金光大神の道はそう言う風に言われとります。私くし共が生神様へなれる道だと、それは要するにどういうかと言うと、御神徳を受けて行く道だと言われとります。私共と神様とは異質のものではない。異なった性質のもではない。実を言うたら同んなじなんだと。言うならば神様の分け御霊だと云う風にさえ言われとります。だから同質のものなんです。だからその自覚が先ず出来なければいけません。我神の子という神の子であると言う自覚に立たなければいけません。
そしてその神の子がです、だんだん成長して行かなければいけません。生神への道と言われるのはそう云う事だと思うんです。神より金光大神に、何時までも尽きぬおかげを話にしておくのぞと云う所もですね、尽きぬおかげというのは、御神徳を受けなければ出来る事じゃない。その場限りのおかげと云った様なものじゃないですね。けれどもその場限りで終わっておるお道の信心信奉者がどの位多いか解らんです。実をいうとね尽きぬおかげになってないです。
親の代より子の代、子の代より孫の代と云った様なおかげになって行く様な道を金光大神は尽きぬおかげを話にしておくのぞと仰っとられますね。そこで私くし共が神心となりて、人に丁寧に話をして行くのが、真の道を踏んで行くのぞと。金光大神が教えた事を違わぬ様に人に伝えて、真の信心をさせるのが神への御礼ぞと仰っとられます。中々今私くしが申し上げました様な所をです、踏んまえてからの金光様の信心に、言うならばはまらなければ、もう一生私くし共はそれに焦点を置いて行くのです。
神心と言い何時までも尽きぬと言い真の道と言い、それがその道の道を踏んで行く人を又人にも伝えてその真の道を踏ませる。それが神への御礼ぞとそれが神になるのぞとも教えておられる訳ですね。六十一節には神へなる一つの色んな要素と云う物です色々に表現しとられます。昨夜は富久信会が御座いました。色々お話をさして頂く中に私の過去の信心を聞いて頂いた。所謂商売人の方ばっかりですから、私が過去において金光様の信心を頂いておると云うよりも、頂いておるとじゃなくて信心をしとった。
私がしとったという感じ。私が言うなら信心をしておった時代。そして商売をしておった時代という今日のこの六十一節に当てはめますとにね、もう全然尽きぬおかげに繋がる様な信心をしてなかったというのです。まあ露骨に云うと誤魔化し半分の商売であったと。それでも神様はお願いをすればある意味において、置いた物を取る様にああ金光様のご利益ちゃたいしたもんだと思わさして頂ける程のおかげを受けたと云う事。
けれども締め括って見ると、言うならば一っつも残っていなかったと云う事、何処でか差引されておったと云う事である。願う一生懸命願うから、やっぱりおかげを下さる訳です。そういう信心そういうおかげが、非常に段々的確に段々なって来た。例えば私が北京から帰りましての信心と言うと、兎に角あの無資本で福岡に出て無資本で商売をさして頂いておるから、店に働いておる方達に給料を払うて、私達は最低の生活費を頂いて、残ったならば毎月が残っただけは神様への御供えでした。
もうそれがもう一つのもうそれこそ何と言うでしょうかね、もう生き甲斐の様に感じておりました。先月は幾ら例えば百円お供えが出来た。その次は百十円今度は百五十円はお供えが出来にゃん、もう兎に角はあーもう一番初めが無資本でしたからね。此処んとこ何時も聞いて頂きます様に、無資本で何にも西も東も福岡と云う所は知らないのだけれども、親奥さんのお里が福岡ですから、福岡の教会にやらして頂いて、福岡の教会であそこから何とか、まぁ切っ掛けが出来そうなもんと云った様な。
まあ漠然とした気持ちで福岡の教会にやらせて頂いた。今晩はここでお通夜をやらせて頂くというたら、三代の吉木先生が金光様の信心はお通夜てんなんてんはせんよと言われた。そんな信心はないよと言われた。是は困ったな此処に泊めて貰おうと思ったけれども、そんなら夜通し御祈念をし通すと言う事なら良かろうと思ったから、私はもう御祈念を始て、もうそれこそ一心不乱に御祈念をさせて貰った。
もう御広前が全部閉まる。御広前と神様の間、白いその当時幕が張ってありました。その幕をもう閉めてしまいなさる。もう電気も消してしまいなさる。で私しは一生懸命御祈念しよる。だから御祈念しよるから、どう云う訳にいかんのですよね。先生としては。そして十二時からもう一時も過ぎました頃だと思うのです、御祈念しよったら、大坪さんと大坪さんとおらびなさるから、ふと頭を上げたら吉木先生がその幕を張ってある幕のここから手招きしよんなさるです。
楽室に床をとってあるから、早う寝まんのと言われた。もう私しはその時に驚きました。おかげを受けられる先生は違うと思ったね。口にはお通夜てんなんてん出来んばい、言うならば泊めんばいと言わんばばっかりの事を言いながら、こちらが一生懸命御祈念をしとりゃ、恐らくはです、幕の所謂御神内殿に入って、一生懸命今日は善導寺の大坪が来て、ああして一生懸命拝みよるが、何か一生懸命の事があるに違いないからと言う事を、一生懸命矢張り御祈念なさったに違いないと思うですね。
まだ奉仕着もとっておられませんでした。もう本当に感激しましたすぐ横の楽室に床をとってありまして。長うなりましたがとても眠れるだんじゃありませんから、又起きあがって御祈念さして貰うて朝の御祈念を頂いて、そして朝の食事の準備もして頂いとりましたから、お食事を頂いてから朝早うから。さぁ何処へ見当付けて出て行って良いやら解らん。見当が付かんのですからというて私が商品を持って居るわけじゃないとです。今から商品を見つけ出してしかも金の掛からん商品で無からにゃんとですから。
けど私は夕べも申しました。資本が無からにゃ商品が出来んてん何んてんちゆうのじゃ商売人じゃ詰らんですよ、と私が申しました。商売は資本が無かったっちゃ出来るです。そして是これの資本が無からなきゃ出来んちゆう事はないです、出来るだけの商売をしたら良いです。元手が全然無かなら、借りてからでもその商売をして其処から幾らか儲かって、その幾らか儲かったとで食べて行って、次の品物を買うて行くと言った様な、まぁそれは方法は色々ありましょう。
紀ノ国屋文左衛門がね、無資本であれだけの一時代を風靡する程しの商売人になった。資本がない、丁度盆の精霊流しに目を付けた。そして川下の方で、江戸の人達が精霊さん送る時に、沢山その時分の夏のお野菜ですね、瓜とかなすびとか云う物を、船に積んでから流すでしょう。あれを川下におってから拾った。それを全部売ったり漬物にしたり、それがあの文左衛門が商売を始めたそもそもと言われとります、ね。そしてああいうそれこそ今にも名が残る様な商人になったんです。
私しは何時もそげん思います。資本が無からにゃ商売が出来ん、てんなんてん、私しはおかしいと思います。私くしもそうでした。福岡の教会を出てから、東の方へこう電車通りの裏の方、今考えて見ますとあそこが須崎町と言う所だった。もう焼け野原になっとりますけど、ポッン、ポッン小屋の様な家が建っている。小母さんが表で七輪を出して、こう朝の食事の準備をしよんなさる。
ひょいとこう見たらそのう部屋におじいさんが一人あぐらをかいて部屋に座ってある。あのもう小さいあの家ですから、外から道から解るです。そこに入り込んで行って、何か面白い商売はないですかと云う様な事から、色々話してから、あんた大体何処から来たかち、私しは久留米のこう云う者です。そして第一資本が無い事もう赤裸々な話を、あんた面白い男じゃあるの。
まあちょいと上がらんのと言うて、その時分玉露のお茶をね、もう熱いお茶をザ-ッと入れて人に出されるのがそのお爺さんの有名な事だったんです。丁度布袋さんの様な大きな体の、長火鉢の前に座ってから、お茶を出しなさる。大体あんたはそのう福岡の町を歩いて歩くのかと、そりゃもう歩かにゃ電車賃も無かっちゃけん。あんた愈々面白い奴ばいち。そりゃ此処にはね、皆んながねその闇の商物の見本を皆んなが毎朝、四、五人宛位集まる。だからまあ一っ時するとそれどんが来るからね。
何かそのよか話があるかも知れん。なら兎に角福岡の町を歩いて行ったっちゃ拉致はあかんから。裏の小屋を見て見なさい。自転車が一台入っとるからと言わっしゃる。そりゃ入っちゃおりまっしょうけども、私はお金がないとですよ。まあ兎に角見て来んなとこう言わっしゃる。入ったら当時のあの宮田のアサヒという自転車が一台、中古じゃありますけど立派な自転車が入っとります。出して来たらそれに乗って行けという。お金はあんたが儲けちからでよかとこう言う。
そんなら見立久四郎という方でしたが、なら五日間貸して下さい。それからその自転車に乗って、そして其処でいろんな洋服生地やらいろんな物を、持って来た人の商品見本を借りてそして商売をさして頂いて、もう四日目には五千なんぼだったと思います、その当時の金で払うてしまいました。と云う様にですね、もうあのうそれからの例えば私くしの商売と云う物は、置いた物を取る様でした。ね。
店の方が一人入って来ると一人自転車を一台、今で言うならば一人の店員が来たら自動車一台宛、そりゃ中古でん買うて云った様なもんじゃないでしょうかね。まあその時分の話をするなら、限が御座いませんけれどもです、そういう素晴らしい神様の御働きを見せて頂いておかげも頂いて参りましたが、本当に今から考えて見ると、言うならば本当に詐欺寸前の様なお商売ばっかりしておったと云う事です。
私くしに騙された云わば商人がどの位おるか解らん。騙された言うてなら言葉が悪いですけれどもね、その本当の詐欺じゃないですからね。もう商売人はそん位の事はもう当たり前と言う事を教えられとる、こういう小か時からね。これは百円で買いましたけん、百十円で売ると言うたっちゃ誰も信用しませんも。百円で買うたもんでん矢張り百十円で買うた様に言うて、もう元値でよかけんでちゅうごたるふうで、売る訳ですからね。やっぱりしら事でしょうけれども、そう云う風な事なんです。私のした事はね。
そして只今申します様にです、ならそう云う神様の、なら金光大神が尽きぬおかげを教えておられるのに、尽きぬおかげの頂ける様な信心は一っつもしょうらんかったけれどもです、何処か神様と交流する物があったからこそ、置いた物を取る様なおかげ受けたんです。何処が交流しとったかというとですね、私は福岡に無資本で出て来とるのだから、無資本で商いが出来る。しかも段々段々人の信用も出来て来てから、大きな店との取引も出来る様になった。無資本でね。
当時例えば委託という商売が流行りました。委託するんです、自分の方で売りきらない、倉庫に眠っとる様な商品を、商品を借って来てそれを売るとね、又はその委託を受けてそれを販売すると云った様な行き方です。当時の闇商人であります。そう云う例えばお道で言うならば道ならん、昨日の御理解で言うならば、十銭の物は八銭で売れと云われるのに、私は十銭の物を十一銭で売って来たと云う事なんです。ね。
それがならそういう例えば道ならん事をしながら、何故おかげを当時頂いたかと云うとです、最後の所に残っただけは神様にお供えすると云う、お役に立ちたい立ちたいの一念が、私は神様と僅かばかりではあるけれども、交流、おかげのル-トと云う物が出来ておったと思うんです。私はそれを昨日お話しながら、本当にそうだったなあと思いました。其処ん所に特にそう思いました。
あの時分にあげなおかげを頂いて、どう云う風じゃろうかと思うてですね、それはなら或は金光大神の教えと裏腹のお商売をさして頂いとるですね。それにおかげ受けたのはです、最後の所が素晴らしかったんじゃろうと思うです。始から無資本で行っとるとじゃからもう何時でも無資本、唯大きくなって行くのは人手ば段々そげな問屋の信用も受けられる様になり、始の間は何処の誰それとも解らんじゃったんですからね私は。一番最初その見立久四郎さんから、自転車借った時でもそうだったのですからね。
それがあれは何処どこの大坪と云う事が解る様になってです、皆んなも顔が解る様になったんじゃから、愈々商売はしよくなるばーっかりだったです。だから資本は要る事はいらん。もうそれがね今から考えて見ると、本当に冒険と言えば冒険ですけども、意外でした。そしてそういうおかげを頂いて行く内に、段々商売も今度は反対に行き詰まって行く様に成って来た。所謂神様はより本当の事を教え様とする働きが始まって来た訳なんです。ですからそう云う商売が例えばなら。
おかげ頂くからお繰り合わせ頂くからと言うてです、夢よもう一度と云った様な信心ではね。あの時はあげなおかげ頂いたけんで、こっちが改まりもせんなです、夢の様な信心をしよった分じゃおかげ受けたり受けなかったり、しかもそれは尽きぬおかげでは無くて、その場その場のおかげに過ぎないのです。今日は言うならば、真の道を踏んで行くと云う事、神心になると云う事、そういう例えば人へ伝えてです、真の信心をさせるのが神への御礼ぞと云った様な事をです。
今日は解って頂く為にそういうま今の様な事では駄目だという話をさせて頂いたんですけれども。真の道を踏んで行くのぞと云う事、真の信心をさせるのが神への御礼と仰るが、その真の道を踏んで行くとと言う事は、そんならどう言う様な事かと言う事を聞いて頂きたいと思います。今日は私しはこの六十一節をもうそれこそこの六十一節は何十回て頂いたか解らない位なのですから、何処をどう言う風にお話してよいか解らない思った。そしたら神様から真の道を踏んで行くのぞいう所に。
焦点を置いて話す事を頂いた。そこで今まで私くしは信心はしよるけれども、真の道を踏まんなり信心しておかげを頂いた話を聞いて頂いた。だから是から真の道とは、踏んで行くとはどう云う様な事かと云う事を聞いて頂きたいんです。その事をお願いさせて貰いよりましたら、久富繁雄さんがですね、玉露の点前をなさっておる所を頂きました。お茶ですね、お抹茶にも点前があります。お番茶にも煎茶にもやっぱり点前があります。玉露にも玉露の点前があるんです。
そして最後の一と滴までこう茶碗に移しておられる様子を頂いたんです。だから丁度、玉露の点前を覚える様にです、その教えて頂いたなら、その通りの事をしなければ、言うならばあの玉露のような所謂味わいと云う物は出ないと云う事なんです。どの一と手を抜いても駄目だと云う事なんですね。例えば初めからお白湯ならお白湯を、熱いお白湯をね、ぬるま湯程度に冷やさなければならない。それをおよたれ回って冷やしもせんなり入れたら、もう二服目にはにが味が出て美味しくありません。
繁雄さんが入れなさると三服位は同んなーじ味が出るのです。点前をなさってからされるからです。もう一番始と同んなじ味わいのお茶が出るです。それはならその玉露にも色々と点前がそりゃーあります。どの一と手を抜いてもいけません。そしてそれこそ、すすって飲まねばならぬ程しに美味しいお茶が出て来る様にです、お道の信心をさして頂いて、真の道を踏んで、私共が信心をさせて頂くならばです、それこそ我と和賀心が拝みたい様な、心の状態が開けて参ります。
もうすでに神に成って行きよるとです、ね、我と我が心を拝みよる。そう云う事が続くなら人が又拝んでくれる様に成るです。だからならお茶の点前一つでもです、只始めからぽかっと良いお茶が出る筈もありませんし、美味しいお茶が出る筈もありませんし、それは一つ道と云う物があり、点前と云う物がある。その点前を一手間違わん様にして行く。しかも美しい点前で、お客さんにその点前を見て貰うだけでも楽しい位の点前が出来る様になって始て、自分も楽しめる。
人にも美味しい味わいを与える事が出来る様にね、人にも同んなじ人には話し、自分がおかげを受けている話を人にも伝えて行くと云う事はそう云う事なんです。お茶の味わいだけじゃなくて、そのお茶がこんな素晴らしい味わいのお茶を頂く為には、こういう順序と云う物がありますよと云う事も、自分が体得して自分が其処を踏んで行って、そして愈々その踏んで行くそれが真の道を踏んで行きよるのです。
だから私の過去の商売の様な生き方ではなくてですね、それは稽古中はやっぱりまどろしかったりね、こげなこっちゃとても儲け出しきらんと云う事があるかも知れません。例えば商売に致しましても。けれども教祖様がですね、仕入れ先を大事にせよ、又売り先を大事にせよ。人が十銭で売るものは八銭で売れという順序を辿らなけりゃいけんのです。そこで昨日、例えば一寸申しました様に、仕入れ先を大事にせよとか、売り先を大事にせよと云う事は、損せろと云う事じゃない。
百円の物ば百十円で例えばしてあるならば、それは百円にこぎるがよい。いやもうちっと九十円なら九十円に値切ってもよい。けれどもあの人に売らせて頂く、あの人から仕入れて貰う。あの店から仕入れて貰う。その大元からです、その仕入れ先から喜んで貰える様な仕入れ方をせよと云う事なんですね。決して向こうから言いなりに仕入れろと云った様な事じゃないですよ。ね。
こりゃまだ、うんとこぎられるとは思うたら、うんとこぎっていいです。けれどもね、向こうに喜んで貰える様な仕入れ方をせよと云う事なんです。商売で信心すりゃなら損して売らんならんと云う事じゃ決してないです。お客さんに同じ買うなら、あの店で買うたが良いと云う様にです、喜ばれるような商売をせよと云う事なんですよ。だからそう言う所は、なら一口で言うて解る事はありませんけれども、ならまずはです言うならば、仕入れ先を大事にする。売り先を大事にする。
なら又は人が十銭で売る物を八銭で売ると言った様な、又は体はちびる物でないから、一生懸命働けと。昨日の御理解ですよね、と云う様にそう云う一と手一と手を本気で修行と思うてやって見る事なんです。こりゃ二銭な儲かる程儲かるですね。それでも神様が教祖へ教えておられるからそれを行じて行くのです。それを行じて行く内にです、言うなら良いお茶が出る。本当に良いお茶が出る。道を踏んで行く様に良い味わいと云う物が出てくるのです。真の道をふんで行くと言う事はそう言う事なんです。
しかも始の間はぎこちないけれども、真の道を踏んで行きょると、どの一と手を抜かしてもです、もう前には進めん程はっきりなって来るです。信心の実践を本当に色々行じておるとです、どの一と手が例えば抜けても前には進まれない位なるです。だからそう云う道をです、金光大神は尽きぬおかげの受けられる話と云っておられると思います。金光大神は何時までも尽きぬおかげを話にしとおくのぞと仰る。尽きぬおかげの受けられる話をですね、久富繁雄と云う事はそう云う事だと思うです。
富久と云う事は富に久しいと云う、繁雄と云うのは繁模の繁と言う字が書いてあるね。所謂お徳の世界でありますね。何時何時迄も富栄て行くしかも繁盛して行く。私は久富繁雄という名を、使われたのはそういう意味だと思う。又繁雄さんがお茶をなさいますから、その玉露の点前をなさっとられる所を頂いたのも、繁雄さんがお茶をなさるからだとこう思う、がそれがです丁度お茶の道を繁雄さんが一と手抜かずにやって行かれる様にです、信心の道も矢張り同し事。
一と手も逃す事の無い様な、いうなら水も漏らさぬ信心、如何にも難しい事あるけれども、始の間は中々ぎこちない。今までいきなりさんぱちの生活をして来とりますからね。只願う頼むだけでおかげを受けるもんだから、何十年間とそれだけで私だん済まして来とるです。そして金光様ちゃ御利益が受けられと言う事に。けどもそれでは何時迄も残る様なおかげにゃーなっていなかった事に気付かせて頂いてです。
今度はその真の道を踏んで行くのぞと言う所に。所謂本気でお茶の稽古をしようと、腹を決めてお茶の稽古をする様に、本気で信心の道を稽古しょうと云う気になったらです、それは始はぎこちないけれども、その稽古の楽しみと云う物が生まれて来るです。そしてどの一と手を忘れても、抜いてもです先には進まれんという位になっ来るです。其処から愈々です真の道が開けて来るんです。ね。
そしてそう云う信心を人へ伝えて行く事がです、神への御礼ぞと言われるのですからね、神様への御礼の信心が出来るのですから、もう神様は限りないおかげを下さるる事はもう間違いありません。そう云う信心を愈々身に付けて行って頂きたいと思います。だから昨日、富久信会で申しました。私が今日話したとは、私が真似をしろと言うのではないですよと。私のここは言うならおかげ話でもあるけれども。
言うなら信心の失敗談であるね。だから是からは、ここで信心の稽古をなさる方は、私が踏んだ道は踏まれずに、私が今踏んで行きよる所の道を、皆さんが神習って下さる事が本当ですよととま言うてお話しした事で御座いますけれどもね。やっぱり皆さんの中にもですね、只目先、目先の事ばっかりを考えてです、只道は行じず守らずに、只おかげだけに焦点を置いたげな人もやっぱっ幾らもありますけれども、それでは所謂尽きぬおかげに触れて行く、御神徳の世界に入って行くと言った様な事は出来ません。
どうぞ。